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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6514号 判決

原告 早川誓正

右訴訟代理人弁護士 安達幸衛

同 高木善種

右訴訟復代理人弁護士 佐々木敏行

被告 羽成利一

〈外三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 平井豊太郎

同 平井二郎

被告 平林正行

主文

原告の被告羽成、同磯田、同金子、同平林に対する請求はいずれも棄却する。

原告の被告鈴木昇七郎に対する請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

一、原告に対し、被告羽成利一は別紙第三物件目録記載の建物を収去し、被告平林正行は右建物から退去して、別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。

二、原告に対し、被告磯田好子は別紙第四物件目録記載の建物を収去し、被告金子喜八は右建物から退去して、別紙第二物件目録記載の土地を明渡せ。

三、原告が、被告羽成利一に対し、別紙第一物件目録記載の土地について賃料月一、一六三円、被告磯田好子に対し、別紙第二物件目録記載の土地について賃料月六五六円、期限の定のない賃借権を有することを確認する。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と、一、二、四項について仮執行の宣言を求め、かりに右請求が認められないとすれば、被告鈴木昇七郎は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和二八年五月二日から完済まで年五分の金員を支払え。

との判決と仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  荒川区日暮里町四丁目九六〇番地宅地一三三坪(以下A土地という、後日分筆されて同番地の一宅地九四坪四合(以下甲土地という)と右同所同番地の二宅地三八坪六合(以下乙土地という)になる)は、もと訴外神谷七十郎の所有に属し、訴外菅原彦三郎が同人から右土地を賃借し、右地上に右同所九六〇番地家屋番号同町九六〇番木造ルーフイング葺平家建居宅一棟建坪一二坪(以下丙建物という)を所有していた。

(二)  原告は昭和二七年七月三一日訴外菅原彦三郎から右土地の借地権と丙建物を買取り、その頃訴外神谷七十郎から右借地権譲受について承諾を得た。

(三)  訴外神谷七十郎は昭和三四年八月一二日死亡し、被告鈴木昇七郎が相続により右A土地の所有権を取得し、被告鈴木は昭和三五年一〇月一二日右土地を甲土地と乙土地に分筆した上、乙土地を被告磯田に譲渡し、昭和三六年一〇月一六日甲土地を被告羽成に譲渡した。

(四)  これより先、A土地に対し特別都市計画法による区画整理が行われていたが、昭和二八年一月一〇日A土地の仮換地として、荒川区日暮里町九六〇番(新地番)宅地一〇七坪二合(以下A土地という、後日分筆されて第一物件目録記載の土地(以下甲土地という)と第二物件目録記載の土地(以下乙土地という)になる)が指定された。

(五)  これによって原告は、A土地について、従前A土地について有していたと同一内容の賃借権を取得した。そして、A土地には従前から原告が一、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二〇坪七合九勺、一、木造瓦葺二階建宿泊所一棟建坪三六坪二階三六坪、一、木造瓦葺平家建車庫一棟建坪七八坪を所有して、右建物について妻早川サキ名義で所有権保存登記を経ており、この状態は被告羽成、同磯田がA土地の所有権を取得した当時も同様であった。

(六)  以上のとおりであって、原告は右A土地の賃借権をもってA土地ひいてはA土地の所有権を取得した被告羽成、同磯田に対抗することができるところ、同被告らはこれを争うので、その存在確認を求める。賃料は別紙第一物件目録記載の土地については月一、一六三円、別紙第二物件目録記載の土地については六五六円が相当である。

(七)  そして被告羽成は甲土地の上に第三物件目録記載の建物を所有し、被告平林は右建物に居住し、被告磯田は乙土地の上に第四物件目録記載の建物を所有し、被告金子は右建物に居住し、それぞれ右土地を占有しているので、原告は前記賃借権にもとづき建物収去、土地明渡を求める。

(八)  かりに原告の右請求が認められないとすれば、原告は予備的に被告鈴木に対し損害賠償を請求する。すなわち訴外神谷は前述のとおりA土地を原告に賃貸しておきながら、さらに右土地を昭和二八年五月一日被告羽成、同磯田に賃貸し、その設定登記をした。原告は神谷の右債務不履行により自己の賃借権を被告羽成、同磯田に対抗できなくなったので、右借地権価格に相当する金一〇〇万円の損害を蒙った。よって訴外神谷から右土地を単独で相続した被告鈴木に対し右損害金を請求する。

被告羽成、同磯田、同金子訴訟代理人および被告平林は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のとおり述べた。

(一)  請求原因(一)(三)(四)の各事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実は否認する。原告が訴外菅原彦三郎からA土地の賃借権を譲受けるとの話があったことは事実であるが、契約の基本的事項である土地を更地とするかどうかについて両者間に合意が成立せず、結局賃借権譲渡は行われていない。

また仮に両者の間で賃借権の譲渡があったとしても、地主である神谷七十郎がこれを承諾した事実はない。このことは当時巷間の慣習として、借地権譲渡の際には地主がいくらかの承諾料をとることが行われていたに拘らず、原告と神谷の間では全くこのような金員の授受はなく、神谷が原告から賃料を領収した事実も全くないことによっても明かである。

(三)  (1) 原告はA土地の賃借権について、仮換地先と定められた土地の上に、建物を所有し、これを妻名義で登記していたので、対抗力を有すると主張するが、その主張は誤である。すなわち区画整理による仮換地の指定は従前の土地に存する権利の内容である使用収益を、仮換地の指定後は仮換地だけに限るにすぎず、従前の土地について有していた以上の権能を、これにより附与するものではない。したがって、被告がA土地について賃借権を有したとしても、それが第三者に対抗することのできないものであったことは、被告自身の認めるところであるから、たまたま、仮換地先に登記ある建物があったとしても、これによりA土地の賃借権について対抗力が生ずる筈はない。

(2) かりにそうでないとしても建物保護法による保護を受けるためには、土地の賃借人が登記した建物を所有することを必要とするのであって、原告の賃借権は妻名義の建物によって対抗力を具えたことにはならない。

(3) かりにそうでないとしても、被告磯田が乙土地の所有権を取得した当時右土地の上に原告主張の建物が存在したことは不知、被告羽成が甲土地の所有権を取得した当時右土地の上に原告主張の建物が存在したことは否認する。原告主張の建物がかつて存在したとしても、原告は区画整理事務所からの建物移転通知により、おそくとも昭和三六年七月までに右建物を他に移転したから、被告羽成が甲土地の所有権を取得したときにはすでに建物は存在していなかった。

(四)  なお被告鈴木に対する請求は、いわゆる主観的予備的併合にあたるものであるが、このような請求は許されないから却下さるべきものであり、かりにそうでないとしても、借地権相当額に関する主張は全く慾意的なもので、何らの根拠のないものである。

証拠関係≪省略≫

理由

請求原因(一)の事実は当事者間に争がなく、証人谷内彦兵衛の証言と原告本人尋問の結果および≪証拠省略≫によると、次のような事実を認めることができる。

原告は荒川区日暮里町四丁目九六四番地、九六六番地の土地を所有していたが、右土地が区画整理によって減歩されると聞いていたので、他に土地を探していたところ、訴外菅原彦三郎から、同人が息子名義で有しているA土地の賃借権と地上の丙建物を売りたいとの申入があったこと、地主は訴外神谷七十郎であり原告としては旧知の間柄であったので、これを買受けることにし、昭和二七年七月三一日、売買代金を金五〇万円として契約を結び、同日内金二〇万円を菅原に支払ったこと、そして直ちに原告と菅原が同道して地主方を訪れ、七十郎の代理人である長男神谷一郎に対し借地権譲渡の挨拶をしたところ、同人はこれを承諾したこと、原告から承諾料や賃料の話をしたが、神谷は、菅原が一ヶ月でA土地を明渡すといっているからその後でもよいではないかと答えていたこと、神谷は安田火災保険の代理店をしており、その際も原告に対し保険に入るよう勤めるので、原告は右承諾に対する礼という意味で保険に加入したこと、さらに昭和二七年八月十四日付で、原告と神谷七十郎の連名により、A土地の換地と前記九六四、九六六番地の各土地の換地を隣接して指定して貰いたい旨の隣接換地願が、都知事宛提出されていること、

以上のとおり認めることができ、右事実によると原告は訴外菅原からA土地の賃借権の譲渡を受け、地主の承諾を得たものと認めるのが相当である。証人菅原彦三郎、同神谷一郎の証言のうち前記認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

つぎに請求原因(三)、(四)の事実は当事者間に争がない。

原告はA土地の仮換地であるA'土地に登記ある建物を所有していたので、右仮換地指定により、A'土地に対抗力ある賃借権を取得したと主張する。しかしながら仮換地の指定は、従前の土地に関する現実の使用関係を、順次将来換地となるべき土地に移転させておき、換地処分によって使用収益の基本となる権利だけを移転すればすべての整理が完了するようにしておくための処分であって、仮換地の指定があれば、従前の土地について権限にもとずいて使用収益することができた者は、それと同じ内容の使用収益をすることができるにすぎないから、原告がA'土地について賃借権を取得したものということはできない。

かりに原告の主張が、原告はA土地について対抗力ある賃借権を取得し、これにもとづいてA'土地の使用収益をすることができるという趣旨であるとしても、原告がA土地について賃借権を有していたことと、その仮換地であるA'土地に登記ある建物を所有していたということから、A土地に関する原告の賃借権が対抗力を具えることにはならない。なぜかといえば、仮換地指定の効果は右に述べたとおりであるから、原告がたまたまA'土地に登記ある建物を所有していたとしても、それはA土地の賃借権とは何の関係もなく、したがって原告はA土地の賃借権により右建物を所有することにはならないからである。

以上のとおりであってみれば、原告がA土地またはA'土地について対抗力ある賃借権を有することを前提とする、請求の趣旨第一ないし第三項の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、棄却する外はない。

つぎに被告鈴木に対する請求について判断する。このように主たる被告に対する請求が認められないことを条件として、予備的被告に対する請求を併合することは、原告の利益に適し、訴訟経済の原則にも合致するからというので、これを許す見解もないではない。しかしながら、原告と主たる被告の間の訴訟に依存せざるを得ない予備的被告の地位は極めて不安定であって、自己の同意なしに訴訟係属が消滅させられることさえある。したがってこのような訴訟に応訴させることは、予備的被告にとって余りにも酷であるから、右のような訴訟形式は許されないものといわなければならない。そうだとすれば、被告鈴木に対する請求は不適法として却下すべきものである。

よって訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島一郎)

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